エッセイ-LIFE STYLE-

書に学ぶ「空気は読まない」技術。組織の人間関係に悩むひとへ

自分の人生に愛されるモテ文字のお稽古 Lesson 2

こんにちは。

第1回は全力で力を抜く技術と効果について話しました。

第2回のテーマは「空気は読まない」。日常生活にも通じる“間”についてのお話です。

“間”の大切さと、生きづらさ

書にとっての間

書道をする上で一番大切なことは、その実線を書くことよりむしろ字間や行間の「間」のとり方だったりします。常に自分が直接触れていない部分、書いていない所の出来を意識しないといけません。

音楽でもそうですが、音と音との間があるからリズムが生じ、自分の放ったタッチの先には必ず無という空間が生まれます。そこが美しくなるように音を作り、音と間が一体のバランスを組めてこそ旋律になるのでしょう。


間を大切にした作品例。『静動』

感じる”間”と同調圧力。決断する力。

会話にも同じように間というものがあって、「今こんな空気だな」と感じ取るのも人間特有の面白いところ。ただ、空気は読むものではありません。

例えば発展性のない馴れ合いの場の空気などの場合は、「多数派のつもり」の人たちが空っぽの権威を振りかざすための”もや”に過ぎません。

重要なのは、感じた空気に従ってそこへ迎合するのか、それをバツンとかち割って違う空気にするのかはあなたが決断できるということ。とても自由な意志でできます。

できないという人がいたらそれは愚鈍な人間かパワハラでしかありません。

空気は自分で創るか、上手に受け流す

人の心に対して無神経になるのを推奨しているわけではないですよ!

人の顔色だとか、ありもしない「空気」をさらに「読む」だなんて下らぬことに、あなたの気持ちをすり減らす必要はないと言いたいのです。

またそのうしろ指にビクビクするのも不必要な怯えです。そんなことよりあなたがもっと息のしやすいように空気清浄しましょう。そのためには冷静な計画「はじめはひとりでも大丈夫」という根性が必要。

けれども、その力すら使うことも無意味なとき、あなたには最強の「無言の笑顔」という武器もあることをお忘れなく。黙秘権みたいなものです、ある権利は存分に行使しましょう。

逃げるは恥でもないし役に立つだけ

少し前に「逃げ恥」のドラマがいろいろな意味で流行りましたね。例えば自己の挫折とは違って周囲との価値の違和感のような「ああこりゃダメだ」と失望したとき、そこから離れることも選択肢にしましょう。この空気は変えても意味がない、自分が墜落するだけだという場に長く居続ける必要はありません。

書家は紙を湯水の如く使います(水よ、木々よ、ごめんなさい・・・)。変えてもしょうのない「間」をもっている組織をあなたひとりで直しようがない、直す意味がないときがあります。

紙を変えましょう。何度でも人生は書き直せます。

無責任な「大丈夫」を疑う人は、責任転嫁したい人

職をなくすということはそもそもどういう意味なのか

さてこういうことを書くと、そんな簡単に組織から抜けられない!とか、空気読まずに振舞って立場失ったらどうしてくれんの!とか思っちゃう人がいるんですよね。

どうしてくれんの!って…?どうもしませんってば。

心から笑えずに空気を読んで合わせるのがつらいほど肌に合わない環境に居続けることに比べて、誰が決めたどんな立場と職を失うのが怖いのでしょう?

「環境を変えたいからといって、すべての企業が行きたいと言えば雇ってくれるわけないんだから。」と思うならば、自分で仕事を作ればいいじゃない?

環境が変化することを怖がって、よりよくなるための努力から逃げているだけならば、今の環境に文句を言う前に今をどうしたら面白くなるかに神経を注ぎましょう。

そもそもの話ですが「職をなくす」って状況自体が、ここまで情報と物に溢れている中ではほとんどあり得ないこと。特に空気読むっていう高度な心理戦をやってのけてたスペックをお持ちのあなたなら、なおさらよ。

場所職種特定の会社に雇ってもらうこと…のように、外から与えられたあらゆる価値観の元で探そうとするから「職をなくすかも」「立場をなくすかも」という臆病の沼に飛び込んでしまっているだけです。

職をなくすというよりは「決められた尺度の中での選択肢を失う」というだけのこと。

ならば自分の価値観の尺度で世の中を計りなおして、その範囲を広げてみれば職や立場などというものは無限に生まれます。

学校で空気を読まなければ浮いてしまう

学校じゃないところで自分が自分らしく話すことができ、笑うことができ、力を発揮できるコミュニティーをいくつも持てるように動けばいい。自分がそうありたい姿で活動していない限りは、馴れ合いからら抜け出すことは不可能です。

探しても見つからないなら自分で作ればいいんです。新しく居場所を作るってそんなに難しく考える話じゃないんですよ本当に。

部活は新しく作れます。コミュニティはfacebookやTwitterでいくらでも全国に作れるし、気の合う人は絶対に見つかるはず。何人いると思ってるんですか!学校の中の、たかだか数百人の中に気の合う人がいないからといって「仲間がこの世に存在しない」と決まったわけじゃないんですよ。

良し悪しではなく、どうしたいか。

ちなみに私は環境移動の宣教師などではありません笑。(そんな宗教イヤだ)

環境を変えるのも、その場に残るのもどちらが正解・不正解とは決められません。

どっちが良いとか、悪いとかではないんです。物事へのとらえ方次第で不幸にも幸福にもなるわけ。

ただ、その場で楽しめることを見つけていく努力もしなければ、環境を変えてもっと興味をもてることに取り組む活動もしないのに、文句を言うのは周りのせいではなく自分が卑怯だってことに気づくべきなんです。

いじめの場合は?

まずいじめへの我慢は不要だし、そこでなんとか楽しもうとベクトルを変えても根本的な解決のために必要な要素は膨大です。

トラウマを作らないためにも、いじめからはなるべく精神的にも物理的にも遠くに離れましょう。いじめられている人がやり直すチャンスのない世の中ではありません。

上にも書きましたが、逃げることは恥でも何でもありません。理不尽ないじめから離れることは、むしろ変化への強さの表れです。いじめからは、胸を張って即座に逃げましょう!学校以外にも勉強を教えてくれるところはたくさんあるし、今ならインターネットでも電子書籍でも勉強ならどこでもできる。だから、自分を人間としてちゃんと大切にしてくれて、いっぱい笑える仲間を探してほしい。

もちろん、いじめに立ち向かえるような状況(学校なら先生の人柄、いじめの度合い・会社なら上司や会社の体制)ならば戦ってみるのもいいと思う。

ちなみに私は立ち向かったタイプです。クラス内での立場を取り戻した時もあるし不毛だった時もある。ダジャレじゃないけど円形脱毛症になったよ!笑

自分の間は自分で作る

結局、これに尽きます。自分のために自分の間を作りましょう。そこから生まれたコミュニティーの力は強固だし、とても信頼のできるものになります。

他人任せに自分の幸不幸をゆだねていたら、いつまでたっても「何かが不満。何かが不安。」な自分から抜け出せません。

人間関係に悩んでいるのならば、「人間関係に悩む自分にとどまっている自分」をどう扱うか変えてみることからスタートしてみて下さい。

何かが発見できるかも知れません。

そしてそれが、自分にとって居心地のよい”間”のかけらかも知れません。

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