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人生に愛されるモテ文字のお稽古Lesson3
こんにちは、夏生です。前回は「間」についてお話しましたね。グループ内の空気を読む同調圧力に対してどう対峙するか?ということに少し言及しました。
結局自分で作ろうと努力しない限りは居心地のいい空間はできないし、それはとても流動的なものだからいつでも意識していないとしっくりとくる「間」に身を置くことはできんって話でした。
ちゃんと決断すればどうとでも良い空間は作れるんだから、自分が社会の中でどうありたいのかちゃんと決めましょう!
さて、「間」のとり方とつながるので、今回は書の「白黒」の話をしようと思います。
字間や行間を気にする前に文字そのものを書くとき、一本の線を黒く引きながら同時に紙の余白、白の形を作っています。その区画同士の重なり合いや形の響き合いが文字の格好を構成しています。ない部分の存在感をもたせること。その配慮や緊張感なしには良い空間を作り出すことば不可能です。
「無限の可能性」
白と黒というのは一見とても地味な色合いですが、こんなにコントラストのはっきりした派手な色合いを私は他に知りません。その上この組み合わせには二進法の0と1がどこまででも続くように無限の可能性を秘めています。
相反するふたつのモノというのは、世の中に無数に存在します。
光と影、虚と実、醜と美。
男と女、親と子、生と死。
その狭間でジレンマになることは苦しいですが、向き合い方によっては、無限の優しい未来を迎える可能性もあるということです。
では日常の生活のなかでふたつのモノは、どのような問題を生み、またそれに対してどのような解決策があるのでしょうか。
「混ざり合わない人たち」が嫌いあう必要はない
合わないもの同士だからこそ、お互いが必要で、純粋で強固な結びつきがある。そう思えば自らの基準では計れないものに対する嫌悪を感じにくくなります。
きっぱり許すことや、「そういう考え方もあるのか」という諦めが生じます。
「諦め」って現代ではネガティブな意味が強いですが本来の意味はむしろ良い意味なのはご存じですか?「諦念」はもともと仏教用語で、「真理を悟って迷いのない境地にたどり着いた」時につかう言葉。「あきらめ」の境地に達するということ。つまり、開眼に近いものがあります。
ある言動で他人に嫌悪感を感じかけたら、「自分と他人は違う人」という当たり前のことに、いま一度「諦める」必要がある、ということです。
「イヤなことする人だからといって、嫌いになる理由にはならなくない?」と言った友人が、かっこよすぎた事件
私は、いじめの経験などから、自分に少しでもイヤなことをする人に対しては壁を作ってしまったし(性格悪い!きらい!みたいな)、自分が正当だと思う意見に反している人はすぐに「合わない!」って判断してしまうタイプでした。
でも、それを変えてくれた出会いがありました。
大学卒業後に出会った友人がいて、いつも飄々としていて、どんな性格のどんなタイプの人も特に隔てなく付き合っていたのが不思議でした。どこにも属そうとしないというか。かといって人を避けているわけでなく、むしろ人間は好きそうで、嫌いな人なんて誰もいないって様子でした。
彼の人付き合いの感覚が私にはどうも理解できず「どうして君はそんなに人間を嫌わずにいられるの?」と聞きました。
「嫌いなことする人だからといって、その人全体を嫌いになる理由にはならなくない?」
!!……たしかに!!!
「相手の意見や行動が自分の価値基準の外にあるからと言って、その人そのものを嫌いになる理由にはならない。」
これは、本当にEYE OPENING!まさに開眼!でした。
たしかに、発言と行動が人格全てを決定づけるわけはなく、ひとつの行動によってその人間全体を嫌いになる理由にはなりえない!
言葉にしてしまえば本当に簡単なことなのだが、そうはできない人のほうが圧倒的に多いはず。私もそうだった。だけど、人格そのものと各行動の評価を分けてとらえた方が、よっぽど人間を愛せるし、見える景色がまるでちがう!
意識が封鎖された人より、開けた人のほうが深い場所での幸福感を持つことができるのはまちがいない。
すぐには受け入れられない人も多いかもしれない。「毎日顔を合わす、あんなことをしやがるあいつを、その言動・態度だけで嫌いになる理由にはならないだとぉぉぉう?」ってね。
でもちょっとだけ。そもそもその「嫌いーーー!」っていうエネルギーストレス、減らしたくないですか?
許せないものに対しては干渉しない。大好きな人でも入り込んではならないエリアまで侵入しないこと。嫌いなものも存在すること自体は受け入れる。
反対のものへの捉え方が変わるだけでストレスが減るなら試してみる価値はありますよ。
「嫌いな人がいる」という認識より、「嫌いな行動」+「そういうことをする人が存在している」という分割した認識でいるだけでも、かなり視点が変わるのでは。
自分の感情で他人の全てを決定しない
ふたつの存在を同時に容認しなければ、白は黒に、黒は白に近づいてすべてがグレー。単一灰色の世界は不明瞭なものしかなくなって退屈になってしまうでしょう。
互いが「別である」という存在を確かに尊重し合っているからこそ、パリッとしたいい関係が生まれるもの。
悪い結果や、嫌なことが起きても、その黒い部分だけを見ずに、余白の輪郭をとらえれば見えるものが変わるはず。ルビンの壺みたいに。
くっきりとした光も美もある境地に行きましょう。あなただけの白と黒を携えて。
様々な教科書や参考書を研究しつくした
渾身のテキストです。
一冊で、基本~応用まで網羅しています。
書き込み式だから、必要なのはペンだけ!
3日で終わる構成だから
3日坊主の人でも大丈夫。
ぜひ、美文字の第一歩にお役立て下さい!